- 船本
- 本日はお遍路について、お話をお聞きできるのを楽しみにしておりました。さっそくお話をお伺いしてもよろしいですか?
- 十河
- はい、何なりと。
- 船本
- 今年(2016年)は、閏年(うるう年)ということで、逆打ちの年といわれていますが、そもそも閏年に逆打ちをする理由はどういうものなのでしょうか。
- 十河
- 昔から、閏年には八十八番から逆に回るという慣習はあるのですが、それは決まりごとというより、閏年に逆打ちをしたことでお大師様に会えたという故事に由来するものです。その故事にあやかり、お大師様に会いたいと願う人たちが、逆打ちをはじめ、それが広がっていったのではないかと思いますね。
- 船本
- それは、どのような故事ですか?
- 十河
- 古い言い伝えなのですが、昔、衛門三郎という者がいました。ご存じですか?
- 船本
- 衛門三郎というと、四国遍路の祖ともいわれる方ですね。
- 十河
- そうです。お遍路のはじまりともいわれる故事で、もともとお大師様にお会いになる前の衛門三郎は強欲で非道だったといわれています。
- 船本
- 強欲で非道。自分はそうでないとは思いつつも、ハッとさせられる言葉ですね。
- 十河
- そう思える人は健全ですよ。 さまざまなところで名前をきくであろう衛門三郎の故事ですが、逆打ちについても、その衛門三郎の故事に由来するのです。 ご存じのとおり、衛門三郎は、托鉢にきた僧、実は弘法大師様なのですが、その僧をひどい方法で追い払ってしまいます。その後、子どもを次々と亡くし、あの時追い払ったのがお大師様であったことに気づきます。衛門三郎は、自分のしたことへの後悔と懺悔の念からお大師様を追いかけて四国をお参りするのですが、なかなか会うことができない。どんなに進んでも会えないので、立ち止まって考えておりました。そして、後ろをふと振り返ると、お大師様がそこに立ってらっしゃったのです。
- 船本
- 確か、前を歩かれているはずのお大師様に追いつこうとして四国を何度もまわったのですよね。
- 十河
- そうです。後ろを振り返り、衛門三郎は気づきます。お大師様は自分の前を歩いておられたのではなく、いつも自分のことを後ろから見守ってくださっていたのだということに。それが閏年のできごとであったといわれます。そうした故事が、閏年に逆打ちでお参りすればお大師様にお会いできるという言い伝えにつながっていったのです。
- 船本
- ということは、絶対に逆打ちでなければならない、という決まりがあるわけではなく、逆打ちすると、お大師様に会えるかもしれないという思いから、逆打ちという慣習が生まれたということでしょうか。

- 十河
- はい、そうなんです。昔からもちろん閏年に逆打ちをされるお遍路さんはいらっしゃいましたが、圧倒的に逆打ちされる方の数が増えたと感じたのは、前々回、8年前でしょうか。4年前は8年前以上でしたので、閏年になるとかなり多くの方が逆打ちをされているといえますね。
志度寺は八十六番札所なので、例年秋にお参りされる方が多いのですが、閏年の今年は、年が明けてすぐに来て下さる方が多く、閏年=逆打ちということが深く浸透していると実感しています。
- 船本
- はい、お問い合わせでも、やはり今年回っておきたいというお声は多くいただいております。閏年は4年に一度しかありませんから。
- 十河
- 故事から生まれた慣習をきっかけにお遍路を始めようと思っていただけるのは、嬉しいことですね。